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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(オ)547号 判決 1953年6月26日

青森県上北郡三本木町大字三本木字南金崎六番地六号

上告人

太田文吉

右訴訟代理人弁護士

片山昇

青森県上北郡三本木町

被上告人

三本木税務署長

駒嶺誠丸

右当事者間の差押無効確認請求事件について、仙台高等裁判所が昭和二六年七月二三日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

論旨は「最高裁判所における民事上告事件の審判の特例に関する法律」(昭和二五年五月四日法律一三八号)一号乃至三号のいずれにも該当せず、又同法にいわゆる「法令の解釈に関する重要な主張を含む」ものと認められない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

(参考)

昭和二六年(オ)第五四七号

上告人 太田文吉

被上告人 三本木税務署長

駒嶺誠丸

上告代理人弁護士山岸龍の上告理由

第一点、原判決は法令の解釈を誤つた違法があり到底破棄を免れない。このことは法令の解釈に関する重要なる主張を含むものとして特に調査を仰ぐ。

一、原判決はその理由の項、本案の判断に(三)として

一般に麹とは穀類、、糠などに黴類を蕃殖させた物をいうのであつて、

麹黴は糖化酵素を含むため穀類その他の物の澱粉を分解して可溶性の物質に変化させる作用を有し、

酒税法第十六条にいう麹も右とその本質を異にするものでないことはいうまでもないが同法の趣旨目的からみて、その糖化醗酵性が澱粉糖化酵素剤として酒精含有飲料その他の製造に利用するに足るものを指すものと解するを相当とす。

と断定し、之を前提として本件特許発明にかかる方法により製出せられたる物及びその製造過程に生ずる物を酒税法第十六条にいう麹に当るものと認定し上告人の主張を排斥したのであるが、前記前提としての定義的説明は余りに大胆な論議であり、かつ事理にそぐわない。即ち「前記酒税法第十六条にいう麹も右とその本質を異にするものでない」との右とは何を指すか判然しないが「麹とは穀類、、糠などに黴類を蕃殖させた物」なることを指すのであればそれは明らかに誤りで、われわれの社会通念に反し経験則に違背する。

又麹黴は糖化酵素を含むため云々の文言を指すものとすれば之もまた前同様誤つた見解である。凡そ黴の種類は無数に数多く存在し宇宙間に今日その種類何万何千あるや不明であり、酵素も又然りでこれが気候、風土、湿度、温度その他種々の変化に依つて作用し、その多くは糖化作用をなすも酒精醗酵をなすとは限らず、或は乳酸醗酵を生じ或は乳糖の如く醗酵しないものがある。

故に麹とは穀類、、糠等に黴類を蕃殖させた物をいうとの定義は古くは知らず今日に於ては間違つている。酵素についても同様にいうことが出来る。トラウベの発明によつて、微生物の細胞から多数の酵素が発見されるようになつてから今日見るような尨大な酵素化学の体系が確立されたのであるが、すべての醗酵は黴菌自体からは発生しない。之から分泌する酵素によつて誘起されるものであることは公知の事実であり、この酵素の種類は多数で宇宙間に殆ど無数、無尽蔵であり、その作用も夫々異るのであるが酵素の本体が何であるかは学界に於ても未だ判然していない情況である。例えばアセツトバクター、アスチゲルムの酵素は葡萄糖、メチルアルコール、クロビールアルコール及びグリコールを醗酵して酢を生じるが酒はできない。之等の黴は一種のバクテリヤである。又、アセツトバクター、オキシダンスの酵素はアラビノーズ、蔗糖、麦芽糖、ラフイノース、デキストリン、メチルアルコール、クロビールアルコール、エスリリツト、マンニツト、グリコール、グリセリン、果糖、葡萄糖を醗酵して酢を生じる酵素を分泌する、所謂麹菌と称せらるる黴菌を観ても、その種類が多くケカビ属ミウウゴアーミチエリ、ミウウコアスピーノギザク、ミウウコアルーキン、ミウウニアエポニツクス、リソツグスリグルカウンフ、リソツグスオソーゼジソツプス、シヤイネインシス、アスペルキルスミチエリ、リソツプスペカ、リソツプスエホニツクス、リソツプストンキネインシス、アスペルギルスグローカス、アスペルギルスクラバタス、アスペルギルスカンリダス、アスペルギルスフラバスエー、アスペルギルスオリーゼー等々その他枚挙にいとまがない。

黴及び酵素の状況が以上のとおりであるから、原判決における定義的説明は余りに大胆、飛躍した論議である。原審で被上告人がとなえたように酵素が酒造に関係あるなしに拘らず一様に「酵素を含んだものは麹なり」ということができないとともに、穀類等に黴を蕃殖せしめたものは麹であり、酒税法第十六条に所謂麹もまた、その本質を同じくするものでないと断じたのは誤りである。原判決も此の点を考慮したらしく、同法の趣旨目的からみて、その糖化醗酵性が澱粉糖化酵素剤として酒精含有飲料その他の製造に利用するに足るものを指す旨補足したのは上々であるが、右のその他の製造とは何を指すものか何等具体的に表示しないから、同法の麹は糖化酵素剤として凡百の物の製造原料として利用するに足るものを指す旨の説明の如くであり甚だ理を尽さないものであり、又酒精含有飲料というのみではその種類が多く漠然として居るからその範囲不明である。例えば麦酒の原料としては麹たる糖化酵素剤は不要である。ホツプを使用すれば足りるし、アルコール製造の原料には酒精酵母を使用するも特に糖化酵素剤としての麹を要しない。合成酒、混合酒製造にも直接糖化酵素剤を利用する必要がない。葡萄酒を始め果実酒等皆その製造の原料としては麹の必要はない。ただ酒(清酒又は濁酒)のみは是非共麹による糖化酵素剤が原料として利用せられる。酒税法施行規則第一条以下の規定を見れば容易に肯定し得るところである。之等の規則及び酒税法の趣旨目的よりすれば同法第十六条の麹とは正に酒の製造に利用する麹又は米麹を謂うと解するも敢て当を失しないと信ずる。又実際之こそ吾人の常識に吻合する。本件は上告人の得た特許方法による製品及びその製造過程に於て製出の麹様の物質が酒税法第十六条に所謂麹に該当するか否やが主要唯一の争点となつて居る微妙なる事案であるから、益々以て原判決の前示見解は失当なのである。

二、原判決はその理由(三)項後段に於て、いやしくも製出される物質が右酒税法にいう麹に該当(原判決の見解による麹のこと)するものと認め得る限り、その名称もしくは製造の目的の如何を問わず、またその製法が特許権の実施によると否とにかかわらず、酒税法第十六条による許可を要するものといわなければならない。このことは製造目的の最終段階における製品が麹に当る場合は勿論のこと、製造の過程において製出される物質が麹に当る場合も又同様というべきである。と断定しているが、之も又上告人の請求主張を排斥せんがために作られた前提であつて、後記上告理由第二点に明らかにする如く理論上も経験上も実際に合わないものである。上告人は酒造を目的とせず又麹を作る目的を有せず単に麹とは製造の方法、用途、性質、成分等に悉く差異ある、いわば麹とは別異の母乳代用の滋養品を製造しているものであるから、「麹を製造しようとする者」ではないから、之について酒税法第十六条の許可を要しないのであるし、右の滋養品製造については、その方法に付特許を得た者は特許法によりその方法を使用し、及びその方法に依り製作したものを使用、販売、又は拡布するの権利を専有するのである。つまり法律により(特許法第三十五条)政府の許可の下に製作するのであるから特に酒税法により麹製造の許可を受けなければならない訳がない。その製造過程に於て麹様の物質が生ずるとしても(仮令之が麹であつたとしても)麹を製造する意図に出でるものではないから之について酒税法第十六条の許可を要しないと解する。醤油製造の許可を得て居る者は、その製造過程に於て醪を生ずるからといつて酒税法第十六条の醪を製造するものとしてその許可を受ける必要はないのである。その許可を受けた例がない。その他物の製造過程に於て麹ができるが特にその許可を要せずとして放任せられているものは少くない。例えば薬品ワカモト、エビオスの如きは多量の糖化酵素を製造過程に製出するのであるが別に麹製造の許可を得て居らない。又米酢の製造に当つてもその製造過程に明らかに酒製造に適する麹(米麹)が製出されるが、之について酒税法第十六条の許可を得たことがないのである。試みに参考として米酢の製法を示すと、

米酢の製造方法

地方により各醸造法を異にするも、先ず原米或は白米を蒸熟して飯となし、之に米麹を混じ仕込桶に仕込み、熱湯と水或は加温樽にて処理し、加温、内容の温度を攝氏30°内外に保ち時々攪拌し空気の流通をはかり((以上に於て明らかに酒税法にいう麹(米麹)が製出されて居る))酒精醗酵及び酢酸醗酵を同時に行わしむ。約三〇―七〇日にて初醗酵を完結し、之を貯蔵桶に移して完熟せしむ。然る後約一〇―七〇日を経たる後、清澄濾過して販売するもの。

(日本醸造協会発行、農学博士黒野勘六著、醸造学各論四八一頁による。)

で、之等によつて看ても原判決の断定は誤つて居ることが明らかである。

(因みに上来記述の黴及び酵素に関するものについては前記黒野博士の醸造学各論を参照、殊に92P―94P、285P―286P)

以上記述したように原判決は税務署側に左祖し何とかして上告人の請求を棄却すべく苦心して、その前提となるべき定義的見解を立てたのであるがその根拠が薄弱空論的であり、その定義的説明に副うように上告人の特許方法による製品及びその製造過程に於て生ずる物も共に酒税法第十六条の麹であると断定判示したのは畢竟同法の解釈を誤つたものであり、到底破棄を免れないものと信ずる。

第二点、原判決の認定は吾人の実験則に違反してなされた違法があり、延いて上告人の適法に得て居る特許権を侵害することとなり、財産権は之を侵されないと保証する憲法に違反するから当然破棄せらるべきものと思料する。

(一) 原判決は酒税法第十六条の麹について説明判示するところは要するに、同条の麹とは穀類その他の物に黴類を繁殖させたもので澱粉糖化酵素剤として利用し得るものを指す旨定義して居るが、之は明らかに、実験則に反する。此のことは前記第一点に於て詳記したところであるが、例を挙ぐれば

餠の黴として熟知されている白、赤、黄、緑、紫等色とりどりの菌を含んで腐敗する餠は、之を放置すれば勿論それ自体糖化酵素を分泌して糖化作用を活溌に営むのを見る。此の餠を吾人は麹とは認めない。

もし原判決の説明を正しいとすれば正月に餠を搗き相当多量を蔵置する場合、家庭に於て之を食し味つて居るうちに黴が生え腐蝕すれば忽ち其の者は酒税法違反に問われる。

溜味噌、八丁味噌の製造には大豆を蒸し又は煮た大豆で豆玉を作り之を放置すれば空気中の黴菌を呼び麹菌が生え糖化酵素の活動するようになつてから之に適度の食塩を加えて仕込むものであるが、此の麹菌の生えたものを味噌玉というけれども之を麹とはいわないし、嘗て之について酒税法により取締をなしたことはない。

魚類を米又は豆腐殼等に詰込み之に黴を付着させその醗酵によつて美味の食品となる「自然脂」、自然黴を利用し醗酵させて飴を作る「麦もやし」、米酢製造過程に生ずる「麹」等々いずれも酒税法第十六条の取締の対象となるものではない。

なお等しく麹と称し差支えなく事実上斯く取扱われている酢麹は酢の酵素強く酒類の製造には利用されない。又滋養飲料として知られているカルピスの如きはその製造過程に於ては糖化酵素作用のため糖化し麹となるが結局は乳糖を根幹とする乳酸となるから、十分に糖化し甘味を保持するけれども酒精を生じない。

右の如くであるから「酒税法に所謂麹とは一般に穀類等に黴類を繁殖させて製出された澱粉糖化酵素剤含有物を総称する」という説明と解せられる判決の前示判断は妥当を欠くものである。

二、上記により酒税法第十六条の麹とは何を指すものかは容易に之を窺知することができる(原判決の説明にかかわらず)。之と本件特許の方法による製品(製造過程における製出の物質を含む)とは截然区別があり、全く別異のものであることは少しく常識ある者から見れば疑のないところである。

被上告人は原審(第一審に於ても)に於て乙第二号証の特許明細書の所々に麹の文字が散見すること自体に徴し、本件滋養食品(その製造過程に於て生ずる物質も)が酒税法にいう麹であることを証明して居る旨を主張したのであるが、これは全く問題を以て問題を解決せんとしたもので、所謂揚足取りの議論に過ぎない。上告人及びその出願代理人に於て右明細書作成に当り記載方の簡明を旨としたため、或はアスペルギルスオリーゼーの菌株を加えて培養しとか、その菌叢を作りとか、の文言を避け、麹様の物には相違ないから、便宜右の如き記載箇所に麹の文字を使用したに過ぎない。此の麹の文字使用については第一審に於て裁判長の問に対し、明細書に麹を製しとある麹とは麹様のものとの意味であると釈明し、このことは第一審の口頭弁論調書にその旨の記載がある。又之についての第一審判決の解説は真相に適したものである。

本件滋養食品と市販の麹の差異は一、二カ月の動物試験による鑑定を得れば頗る判然するのである。この滋養食品を給せられる動物は栄養佳良に肥立程よく成育するのに反し、市販の麹により飼育の動物は発育不良が目立ち発病し易い。前者にはビタミンが附与されて居り動物性カゼインたる蛋白質、脂肪、石灰、灰分等が含んで居るに反し、後者は単に植物性成分のみに過ぎないからである。原審に於て上告人が被控訴本人として訊問を受けた際、右鑑定を得たい旨口頭で述べたのであるが原裁判所は審理終結を急ぎ上告人の右請求を相手にせず軽くあしらい、取上げず、此のことを調書にも挙げないで終つたのは遺憾至極であつた。

三、乙第二号証(明細書)、乙第五号証(野本只勝の鑑定書)、原審被控訴本人の訊問の結果並びに弁論の全趣旨及び吾人の経験上の知識、理論上の帰結に基き認め得られる両者の差異は左の通りであり、本件特許方法による製品は断じて酒税法第十六条にいう麹ではない。

イ、製造方法、全く異る。

古来麹の製法は広く世に知られ、之に関する学者の文献、醸造試験所等のパンフレツト、農業に関する雑誌等により紹介されて居るが、その製法は要するに、米等を精白し更に之を水洗し、之を多量の水に浸漬して蒸炊の上種麹を加えて出来上るのである。

本件の滋養食品は明細書記載の内容を有し、その製造方法は、(耕作により収穫したものをといい、野生のものを稗というも現時は殆ど区別せず、酒税法に於ても稗の字のみ使用す)、大麦等の穀類並びに雑穀類を多量の脱脂乳に浸漬して蒸炊し、之に種麹を加え乾燥したもの又は出来上りのままの物に牛乳と酵母を混合した液を吸収させ之を乾燥粉末とするのであり、新規なる工業的発明として特許権を得て居るものである。

ロ、目的、用途、全く異る。

酒税法第十六条の麹は酒(清酒、濁酒、焼酎)の原料として利用するにあり、このことは酒税法は酒税を課する趣意のもとに制定せられたものであること、免許を受けないで麹を製造した者から酒税を徴収する旨の規定の存すること、同法施行規則には各種酒類の原料となるべき物を限定して居り、清酒、濁酒、焼酎等の原料としては所定の穀類、雑穀類等と之等の麹、米麹なりと限定したこと等を綜合すれば明らかな事実である。

本件特許方法による製品は本来甘味と栄養に富める母乳代用品を得ることを目的としたものであるが、乳幼児、虚弱者、姙産婦の滋養食品たるに適するのであるからその用途は、その名の示す通り滋養食として右乳幼児等に供せらるるにあり。

茲に最重な問題は、右滋養食品たる製品及び製造過程に於て生ずる物質は酒類製造の原料たるに適しないということである。乙第五号証の鑑定書に酒精含有飲料の原料として利用可能な旨、鑑定の結果を記載してあるがその鑑定人が実際同飲料の原料として実験の上の鑑定結果ではない。鑑定の目的物に充分の糖化醗酵性を認められたことより観察し此の点から然様に使用可能の旨附記されたものと認められる。もし本件滋養食品を原料として酒類製造の実験をしたなら右使用可能の報告文言は書替えられなければならないだろう。即ち、本件特許発明の対象物は稗等の穀物と脱脂乳と酵母と黴菌と乾燥とであつて、即ち発明の要点は稗等の穀物にあらず脱脂乳にあらず、黴菌にあらず、酵母にあらず、乾燥にあらず、実に之等の要素を渾然結合した滋養食品を得るにあるのである。今その配合量をみるに、穀類に脱脂乳を等量の多さに加え宛然コンデンスミルク化した練膏薬ともいうべき物を作り、之にアスペルギルスオリーゼー菌を培養し脱脂乳入り黴又に黴入脱脂乳を作つたもので、この培養物は油臭ありその臭気は動物性であるから之を原料としたのでは清酒はできないのである。且その乾燥したもの又は出来上りのものに更に相当量の牛乳と酵母を加え吸収せしめるため、乳酸醗酵及び蛋白質醗酵による腐敗をも伴う。これは牛乳を空気中に放置すれば容易に且速やかに牛乳の凝固を来し、酸敗すると同理であり、その間に酵母、細菌、黴類の多種が跳躍する。

(黒野勘六博士著醸造学各論要義92P―96P)

右の如く、有害なる細菌を含むため牛乳入麹、一名麹牛乳は到底酒造に用い得られない。仮に乾燥して水分を奪い牛乳による腐敗性を絶滅せしめ得たとしても、その臭気は掩うべくもあらず、故に本件の滋養食品は酒造の原料として使用し得ない。原料としては不適当なのである。由来、酒類は味と香の芳醇性を尊ぶところから酒類製造に当つては極力右のような動物性を排斥嫌忌することは顕著な事実である。

右の如く本件特許方法により製出される物は酒税法第十六条にいう麹とはその目的、用途全然別異であり。

ハ、使用方法、格段の相違あり。

本件の滋養食品は、製造過程に於て生ずる物資は前敍の通り多数の黴菌を保有して居るし、最終段階における製品であつても、その儘のものを乳幼児、虚弱者、姙産婦に与うるときは胃腸を害する恐れがあるから、実際使用の場合は攝氏90°の保温度を相当時間(六時間位を可とす)持続し充分糖化後煮沸して乳幼児等に与えるものである。斯く煮沸するときは酵素菌も死滅するからその後は絶対に酒造の原料とならない。之は母乳代用品たる性質上当然採られる措置であつて、特許の明細書に特に記載はないが当然のことである。

酒税法にいう麹は出来上りの物を其の儘酒類製造の原料として使用するのである。もし出来上りの麹を煮沸して、使用するときは煮沸のため細菌も死滅するが、酵素も死滅するから麹の用をなさなくなる。その麹はただ甘味となるに過ぎない。

ニ、成分、対蹠的に異る。

麹は全成分が単なる植物性である。

本件滋養食品は多分に動物性を含み、カゼイン蛋白質、脂肪、石灰分、灰分が存在し、従つてビタミンを含んでいる。之に反し麹は之等の成分を含まない(乙第五号証により認め得る)。

第一審における鑑定の資料として鑑定のための現場検証の際における本件特許方法の実施に際しては明細書記載の例示に従つて滋養食品の製造方法を実施したのであるが、もとよりそれは一例に過ぎず、本来動物性を帯ばしめることを目的とする製法であるから、実際に於ては、更に強度に動物性を帯ばしめることは勿論本件特許発明の範囲に属するのであるし、それは容易に可能なことでもある。

三、上告人は数十年に亘り食糧問題を研究し、今日迄その数につき自う記憶を喪失する程の特許発明をなして特許権を獲得した(最近調査したところ三十六種の特許を得ている)。本件滋養食品の製造に関しては実に数十年の辛酸を経て遂に特許発明をしたのである。夙に我が国の食糧事情の前途を憂え、之が対策に腐心中の獲物である。粉食の利用については特に苦心して来た。(医通信、第一巻第七頁、薬学博士服部安蔵稿参照)。

特許庁に於ても本件滋養食品の製造を新規なる工業発明と認めて、その製造方法について特許したのである。食品については特許法第三条により特許し得ないから方法の特許となつたのであるが、その食品の新規にして、工業的発明には相違ないのである。本件特許以前往昔より此の方、誰か稗等の穀類又は雑穀類を多量の脱脂乳に浸漬し乙第二号証の明細書の如き方法により滋養食品を製造することに気付いた者があろうか。之は又驚異すべき発明であると上告人は私かに自負して居るものである。然るに、被上告人は「麹は水に浸して造るものであるが、牛乳を使つて麹を造る方法を考えたからといつて特許権を得られるとはオカシイ、こんなことなら幼児でも特許権は得られる。特許々々と太田はエラソウにいうがこれでは特許発明もたやすいことだ。」と放言し、上告人を侮辱した。斯かる言辞は所謂コロンブスの卵(たまご)の謗を免れまい。又被上告人は三本木税務署庁舎に於て「太田(上告人のこと)に対してはたとえ同人が麹の製造許可申請をしても絶対に許さない方針である。」旨を強調した(右のことは当代理人も直接聴いたことであり、今も忘れない)。全く感情的に本件差押がなされたものである。

それはいずれにしても、上来記述の通りであるから、その孰れの点から之を看ても理論上、経験上、特許第一七八、一二五号滋養食品製造法により製造された物は明らかに酒税法第十六条に所謂麹に該当しないことは之を認め得るにかかわらず、原判決は恰も耳を掩うて鈴を盗むが如き判示をなし、大蔵省官吏の作成に係る乙第一、三、四号証を信用し(本件鑑定資料たる物件は何れも官能上、微生物学上、化学分析上及び酵素力上一般市販の麹との間に特記すべき差異がない旨の事実に副わない事実記載の鑑定書)、職業、地位等から見て公平なりと認め得る野本只勝の鑑定書たる乙第五号証に本件特許方法により製出の物に含まれある蛋白質、燐酸、石灰、灰分等が一般の麹よりも幾分多く、蛋白質は動物性カゼインと推定される旨の鑑定結果を軽く取扱い、斯かる差異の存することは本件滋養食品が酒税法にいう麹に当らないということができないと断じ、上告人の主張を排斥したのは全く吾人の実験則に違反したものであるとともに、理論の飛躍した判断である。或は本件滋養食品と一般麹との間に若干の相違があつても右の結論を左右するものでない旨判示しているが、斯かる判断は塩水も砂糖水もソーダ水もその成分に若干の差異があつても、すべて同一物なりというに等しく、少くとも化学の分野に於ては許さるべきものではない。原判決は右の如く吾人の実験上の法則に違背した不法があり、その誤つた判断は上告人が数十年の苦心によつて得た特許発明の実施権を妨害する結果となるもので、財産権は侵されないと保証する憲法に違反するから原判決は到底破棄を免れないものと固く信ずる。 以上

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